映画「大いなる沈黙へ」見ました(ネタバレあり)


↑映画の感想です

岩波ホールで連日満席、売り切れ続出という噂の
「大いなる沈黙へ−グランド・シャルトルーズ修道院−」
友人と見に行きました。
http://dotplace.jp/archives/10951監督インタビューリンクです
チケットは朝のうちに友人が取ってくれて(ありがたや)
午後に見ました。
この修道院はしゃべっていいのは日曜日の午後だけで
あとは黙って、聖書を読み、祈り、働く修道士さんたちの毎日。
映画は3時間BGMなし、ナレーションなし、照明なし
ほぼ会話なし(ごくまれにあり).淡々とした修道院の日常...なのに
眠くもならず、飽きる事も無く.

以下、ながーい感想
ネタバレあり。

映像はとにかくきれい..一こま一こま「西洋美術史」の中に出てくる絵画のようで
緊張感があり。たまに照明がないため暗いシーンで粒子が粗い?のもまた、
その場所の空気感を感じるようで、良かった。

最初と最後に旧約聖書の引用文
砧鷁Φ19章11〜12節
「地震の後に火が起こった。
しかし火の中にも主はおられなかった。
火の後に、静かなささやく声が聞こえた」

ああ、そうだよね、神さまは、
実はあまり大声では語られない。
分かり易い大きな出来事を通してでもない。

心の耳を澄ましていないと
ききとれない
細き声だったよね...と
思う。

そして印象的だったのは
なんども出てくる耳。
閉じたまぶたの映像。

どれほど、真実の声に耳をすましている聞いているかな?

目の前に見えるものがすべてかのように
見えるものだけに心を奪われてしまっていないかな。


と、自問するわたくし...

猫との場面やスキーの場面など
時々コミカルだったり、
パンがおいしそうだったり。
そしてわずかに語る修道士さんの言葉が
ほんとうにそう!(アーメン)と思う...
クリスチャンじゃない多くの人が見て好ましく思うのは
誰にでも必要な
心の静穏と自由が描かれているからなのかな..
...と
映画はとてもとてもよかったのですが

翻訳が気になるわたくし...
(でもドイツ語とフランス語だから原語が私にはわからない)。
で、以下は翻訳の話です..

一緒に見に行ったドイツ語の分かる友達が
原題のDer Grosse Stilleについて
「Stilleは「沈黙」というよりも
「静寂」とか「平穏」と解釈しています。
だって、修道士ははしゃべっちゃいけないかもしれないけど
言葉じゃなくても、すごく饒舌に表現していた気がするし」と
彼女は言っていた。

たしかに..。

口でしゃべらないから、ひたすら沈黙...というよりも

あの修道士さんたちの日常は
目に見えるみんなと同じ幸せがあるかないかとか、
お金や財産があるとかないとかじゃなく
世の中の移り行く価値とかを超えてあまりある
すばらしい平穏..な...気がする。。
Stilleは英語のStillと同じかな?
英語でbe still and know that I am God
「静まって私が神であることを知れ」
という聖書のことばを思い出した..
黙るというよりも、心の静けさ..なのかな..。

それから
途中で繰り返しでてくる文章の翻訳が
「本当にそんなこと言ってるのかな?」と
気になって.気になって

字幕は「主よ あなたは私を誘惑し、私は 身を委ねました。」
なのだけど、「えー?神さまは人を誘惑なさらない」って新約聖書
ヤコブ1:13に書いてあるんだけどなーー聖書の思想と
矛盾するじゃんか〜と..。

それに修道士さんたちが誘惑されているようには
見えない..

友達が「誘惑する」と訳されているverfuhrenには
「教える、そそのかす、誘う」という意味がある、と言っていた。
そこはエレミヤ書20章7節の引用だとブログに書いている人がいましたが。
リビングバイブルでは
「神さま、あなたは助けてやると約束しておきながら、私を欺きました。」とある。
周囲に理解されずつらい預言者エレミヤが神さまに文句をたれているところ。
「神さまにやれと言われたら神さまの言う通りにしないわけにはいかねーじゃんよー」(ななみ意訳)
World English Bibleという訳だと”You have persuaded me, and I was persuaded"
「神さまに言われたらもう、受け入れるしかねえっす...」(ななみ意訳)..
どちらにしても
なんでドイツの映画監督グレーニング氏は
この言葉を何度も挿入したんだろう?

色々考えましたが...わからないです・・
だけど
この映画は
「バベットの晩餐」に続く
時々繰り返し見てみたい好きな映画..となりました。

 
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