壁に文字を書かれるのを見た

 英語の言い回しでsaw a writing on the wall (壁に書かれる文字を見た)
というとyour time is up(お前ももうこれまでだ)という
意味だと..先週の礼拝説教で牧師が言っていた..
これはダニエル書5章の話しで..バビロン王の前に
突然、空中に指が出て壁に字を書いた..その意味は
安泰だと思って宴会してた王がまさに翌日死ぬという
知らせだった..という所から英語のことわざができたそうな。
でもネットで見たら「writing on the wallは不吉の前兆」という
意味だと書かれていました。


バビロン王ベルシャツァルは高慢だった。
自分の祖父、ネブカデネザル王の失敗から学ぶことを全くせず、
城壁があるし、食糧も備蓄したから安泰だとふんぞり返って
エルサレムの神殿から略奪した器で酒盛りしていた。
それは侵略した国々を見下げてバカすることで、自分の力を誇示するため。
だけど
誰かを引きずりおろすことによって得られる誇りなんて
結局自分の無力さ故に、くだけ散る。
誰かを引きずりおろさなければ自分に自信が持てないなんてのはダメで。

神さまに信頼するなら誰かをおとしめなくても
健全な自信が持てる、なぜなら自分の力にでなく
神さまの力に頼るから..。というお話でした。

ぶどうのつるを鼻に刺す


「彼らはぶどうのつるを自分たちの鼻に刺している」という表現がありました。(エゼキエル書8:17)
罪を犯し続けるユダの民に向けた神さまの言葉なのだが
ユダの人は不思議なことをするなあ、と思っていたら.文字通り刺してるわけじゃなく。.
日曜日の牧師の説教によれば、これは慣用句で、日本語で言う所の
「自分で自分の首を絞める」という意味。
英語では「cut your own throat]というらしい。

罪を犯すということは、その時は調子良く見えても
最終的には自分で自分の首を絞める、または
ぶどうの蔓を鼻に刺すことになるというお話でした。

信仰とは..


「信仰は望んでいる保証し
目に見えないものを確信させるものです」という聖書の言葉があります。
なんでも自分が望めばその通りになる、という意味かと私は思っていたのだけど
そうではなくて
目に見えない神さまの思いや計画を
自分の現実に実現させるということ だそうで
それは「真実」とか「愛」とか「恵み」とか
「正しいこと」とか「公正さ」とか etc...
神さまが聖書に約束されていること。

今ある世界の現実が 嘘や悪いことやインチキがいっぱい
見えたとしても
当たり前だ とか しょうがない と 慣れてしまい
あきらめてしまうのではなく

「いや、それは おかしいよ」って
思う気持ちをなくさないこと
 「真実」や『愛」や「正しいこと」や「公正」は
今は 目に見えなくても なくならない
いつかきっと現実になると思って 行動すること...
だというような話を
先週ジョナサン牧師がしていたのでした。

なんでもそうなると信じれば自分の望みがなんでも実現する、としたら
ついついろくな望みを望んでいない私にとって その通りになることが
必ずしもいいことではないので
逆に安心しました。

英語のメッセージバイブルでこの箇所を読んだ印象だと
「神さまに信頼すること・・・・、
この信仰が 人生を 生きるに値あるものとしてくれる」という感じかな?

世の中は悪いしし 自分もだめだから 生きていく価値なんてない 
とか思ってしまうときに
この言葉は 「そうじゃないよ。今は悪い世界しか見えてなくても
それがすべてじゃない」って 教えてくれる言葉なんだとなー
思いました。  


 The fundamental fact of existence is that this trust in God, this faith, is the firm foundation under everything that makes life worth living. It's our handle on what we can't see.  (Hebrews 11:1 The Message)

良いことをするということ

 

さあ!良いことをやりましょう..っスローガン
掲げてるのって
なんかうさん臭い..
でもできれば 人を傷つけたり踏みにじったりするより
励ましたり喜んでもらえることをしたいです..
そして良いことしていれば
自分の人生も良くなるだろう..と
なんとなく思っているわけですが

ジョナサン牧師のバイブルスタディで
伝道者の書9章をやりました。
「すべてのことはすべての人に同じ様に起こる。」
良いことをしてる人にもひどいことは、起こる。
悪いヤツにも 良いことは起こる。って聖書は言ってる。
あれれ?
正しいことしてるからって
みんなに認められて成功してお金持ちになるわけでもなく
ずるしてる、すごい人でなしでも富も力も享受できたりして。

たいては、良いことやっても感謝もされず、
むしろ馬鹿にされたり
非難されたりして
やる気もなくなり
自分に何の報酬も帰って来ないんじゃ、
良いことやる意味ないじゃん..!って
思ってしまいます
ああ、当然そう思うさ!思うとも!あほくさ。もうやめちゃえ!
...とそうになるところだが

良いことやる理由は「ただ良いことをやるため」にやることで
または「この世界にいくらかでも『良い』ことを増やすため」なのだと。

自分が報われて
自分に良いことが帰ってくるためじゃない。って
話でした。 
それでもできるなら
良いことをやったほうがいいと思うのはなんのため・・

永遠を考えて..
神さまの視野から考えてみれば
今この世界が
なにも自分にくれなかったとしても
それでも 良いことをやることに 意味はあると..
そんなお話でした。


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